第2話
2回『英語なんてディスイズアペン!』
|
|
普段から
グータラゴロゴロ
と過ごしているご主人さまであろうと、
一応は人間という生き物として
生活している身の上でありますので、
社会的地位というものが存在しています。
ご主人さまは大学生という身分だそうです。
それはカナメの中学生よりも
偉いのだそうですが、
ぼくから見たら
カナメの方がずっと偉いのであります。
何しろ、猫であるぼくの世話どころか、
ご主人さまの世話までしっかりと焼いているのですから。
|
|
「んでは、
わたしは行ってまいりますのじゃ。
おーら、人間どもよ
ひざまつけーい。
ツバメさまのおなーりだぁ」
|
|
「はいはい。いってらっしゃい」 |
|
「ホルホルー、
帰ったら一緒に遊ぼうね。
わたしは夕陽に向かって
青春ダッシュがしたいのだ、
あははははは」 |
|
「だから、タマキチ。
なんですか、
その青春ダッシュって?」 |
|
「昭和だよ。
平成生まれのツバメちゃんには
分からぬドラマがそこにあるのさ」 |
|
「ナツミさんだって
平成生まれじゃないですか」 |
|
「カナメちゃんも遊ぼうね。
何がしたい?
わたしが出来ることなら
なんだってしてあげるよ」 |
|
「それじゃあ。
英語の勉強、
教えてくれますか?」 |
|
「………」 |
|
「ナツミさん?」 |
|
「今、なんていったのかな?」 |
|
「だからべん…」 |
|
「あー! あーっ! あーっ!
聞こえない!
聞こえない!
聞こえなーい!」 |
|
「あんたはガキかっ!」 |
|
「ねぇ、カナメちゃん、
なんでそんな
意地悪なお願いすんの?」 |
|
「いや、意地悪じゃないですから。
タマキチのエサ代とか
面倒みるのと引き替えに、
家庭教師をお願いしているんです。
わたし中学校一年生ですから、
大学生のツバメさんなら
簡単に教えられるでしょ?」 |
ツバメ「ディスイズアペン!」
|
|
「はいっ?
なんですか突然?」 |
|
「これはペンである、だよ。
カナメちゃん
ひとつお利口になったね」 |
|
「そのぐらい分かります。
というか誰でも分かります」 |
|
「あのね、
真面目に返しちゃいけないの。
そこはズッコケるところなんだよ」 |
|
「なんでです?」 |
|
「荒井注」 |
|
「だから、なに?」 |
|
「昭和だよ。
平成生まれのカナメちゃんには分かんない
高度のギャグだったね」 |
|
「ナツミさんも平成生まれ…」 |
|
「じゃあ、平成レベルの
英語に落とすよ」 |
|
「はぁ」 |
|
「チョベリバ!」 |
|
「………」 |
|
「あれ、ウケない?」 |
|
「なんのことか分かりませんが、
英語を教えたくないことは分かりました」 |
|
「チョベリバとは
チョコレートとブルーベリーとバニラを
トッピングさせた
新しいスイーツのことなんだよ」 |
|
「いや、説明はいりませんし、
意味違ってますから…」 |
|
「わたしね、スイーツの喫茶店で
チョベリバください!
と頼んだことあるんだ。
チャレンジャーだと思わない?」 |
|
「ただのバカです。
『メニューにありません』
と言われただけじゃないですか?」 |
|
「それがなんと、
ティラミスが出てきた」 |
|
「なんで?」 |
|
「ティラミスのココアパウダーは
チョコレートみたいなものだし、
その上にはブルーベリーが乗っていて、
お皿にはバニラアイスが付いているからだ、
というのが
私たちチョベリバ頼もうぜ軍団が
推理して出てきた答えなんだよ」 |
|
「その、チョベリバ頼もうぜ軍団という
下らない人たちは
何人いるんです?」 |
|
「三人だよ。
高校時代の楽しい思い出なんだ」 |
|
「昔っから、
バカやってたんですね…」 |
|
「それでね、
わたしは思い切って
店員さんに聞いてみたんだよ」 |
|
「そしたら?
…って、下らない話なのに、
気になる私が嫌だなあ」 |
|
「私たちが
『チョベリバって
頼んだらなにが出てくるかな!』
『やってみようよ!』
『んな商品ねぇーっ!
ってブチギレるんじゃない?』
『そんな、空気読めない店なんて、
二度と来てやんないもんねー』
『そうだそうだ!』
なんて、
騒いでいたのが丸聞こえだったから、
無難なのを出したんだって……」
|
|
「やっぱりバカですね」 |
|
「だからチョベリバは、
スイーツとして
死語から復活を成し遂げたのさ。
カナメちゃん、ひとつお利口になったね」 |
|
「それで、
英語の勉強は教えてくれるんですか?」 |
|
「なんで話を戻すの!
わたしがせっかく逸らしたのに!」 |
|
「わたし、ラジオの基礎英語やってるんです。
でも、それだけじゃ、
追いつかない気がして。
教えてくれる人が欲しかったんです。
ナツミさんお願いします」 |
|
「わたしが教えるの
決定しちゃったの!」 |
|
「独学じゃ限界がありますから。
分からないところ多いんです。
あの、ダメですか?」 |
|
「え? え? え?」 |
|
「迷惑ですよね。
タマキチの面倒見る代わりに、
タダで勉強を教えて貰うなんて、
虫がいいですよね。
ナツミさん、これでも学業ありますし、
アルバイトだってしていますし、
暇じゃないですから」 |
|
「うー、そういうわけじゃあ…」 |
|
「困らせてしまって、
本当に申し訳ありませんでした」 |
|
「カナメちゃんがいい子過ぎて、
わたしの胸がチクチクするよ。
違うんだよ、
できるなら、
親父ギャグから性教育まで、
なんだってツバメお姉さんは教えたいの」 |
|
「んなの教わりたくないです」 |
|
「でもね、わたし、
お姉さまにこんなこと言われたことあるんだ」 |
|
「また出てきたか。
ナツミさんの話に良く出てくる
謎のお姉さま。
どんな人なのか気になるけど、
なにを言われたんです?」 |
|
「わたし、
将来の夢は学校の先生だったの。
子供大好きだから」 |
|
「ナツミさんが先生。
似合わなすぎて、イメージわきません」 |
|
「それ、言われたの、
カナメちゃんで101人目だよ」 |
|
「みんな、考えることは同じみたいですね」 |
|
「お姉さまにも、私の夢を言ったらね」 |
|
「100人の内に
入ることを言われたんですね?」 |
|
「うん。
『教え子に
ツバメのバカが感染するから
絶対にやめなさい』
だって」 |
|
「つまりは、
私が教え子になれば、
成績あがるどころか、
バカになってしまうと?」 |
|
「うんうん、だから教えられないんだよ」 |
|
「問題の答え合わせしてくれるだけで、
ありがたいんですけど?」 |
|
「きっと、わたしが問題を解くよりも、
カナメちゃんの正解率の方が高いだろうね」 |
|
「中一ですよ?」 |
|
「ワタシの学力は、
小学生レベルでも危ないんだよ」 |
|
「つまり、
分からないから
教えられないということなんですね?」 |
|
「うん」 |
|
「よく、大学行けましたね」 |
|
「ふふん、奇跡を起こしたのだよ」 |
|
「中学生以下の学力で、
大学の講義についていけます?」 |
|
「大丈夫。
ちゃんと睡眠学習しているよ」 |
|
「先生に怒られません?」 |
|
「いびきかかなければ構わないって、
言われたことあるよ」 |
|
「なんのために学校いってんの?」 |
|
「少子化の時代だからね。
学費払って
来てくれるだけでありがたいんだよ」 |
|
「はぁ…たしかにナツミさんに勉強教わるのは、
最悪の選択な気がしてきました」 |
|
「私がカナメちゃんに
教えられるのはひとつだけだよ」 |
|
「なに?」 |
|
「ディスイズアペン!」 |
|
「もし、
外人さんに
話しかけられたらどうするんです?」 |
|
「んなの、へっちゃらけだよ」 |
|
「困るでしょ?」 |
|
「そんなことないよ。
アルバイト先にね、
日本語話せない外人さん
がやってきたことあるんだ。
でも、ちゃんと会話は成立したよ」 |
|
「どうやって?」 |
|
「ジェスチャーだよ。
あとは、
ステーキ!
イエス!
アメリカン! ジャパニーズ!
オー! イエー!
ジャパニーズ! オマエハサイコーダー!
サラダバーモアルゼコノヤロー!
クウカ? ハングリーカ?
イエースっ!
オマエハイイヤツダーっ!
ビッグナステーキクッテケーっ!
なんて勢いでやってたら上手くいったよ」 |
|
「それ、絶対に上手くいってないです」 |
|
「でも、外人さんゲラゲラ笑ってたよ」 |
|
「ウケを狙ってどうするんですか」 |
|
「しかも会計の時、
チップとして一ドル貰っちゃった」 |
|
「お笑い芸人として
やっていけそうですね」 |
|
「だからカナメちゃん。
英語はできなくても何とかなるんだよ。
勉強やめて遊ぼうよ」 |
|
「そんなわけいきません。
学生は勉強するのが仕事なんです。
成績悪いと将来に響いちゃいます」 |
|
「成績悪い私でも、
世の中上手くいってるよ」 |
|
「なら家賃払え」 |
|
「なんでこんな時に現実突き付けるのっ!」 |
|
「上手くいってないじゃん!」 |
|
「家賃ちょっと待って。
もうすぐバイトのお金が入るから」 |
|
「その言葉、聞き飽きました。
無駄に長話しちゃったじゃないですか。
家庭教師の件は諦めます。
ナツミさん、早く学校いかなきゃ遅刻ですよ」 |
|
「あっ!」 |
|
「時間に驚いてないで、さっさと行け」 |
|
「そうじゃなくて、わたしの便秘解消祝いに、
学校サボッて日帰り旅行しない?」 |
|
「いくかっ! 大学行って、勉強してこい!」 |
|
「うう、カナメちゃんは真面目だなぁ。
もしかしてほんとはさてはそういうことだな」 |
|
「なんですか?」 |
|
「わたしのこと嫌い?」 |
|
「バカは嫌いです」 |
|
「がーん!」 |
|
「学生は勉強第一です。
寝ないで、ちゃんと授業受けて下さいよ。
ナツミさんの将来が、
心配になってきます」 |
|
「わかりました」 |
|
「いってらっしゃい」 |
|
「いってきます」 |
ご主人さまはしょんぼりと家を出て行きました。
|
|
「ふぅ、やっと行った。
一人なのに、百人いるような、
騒がしい人だ」 |
|
「にゃあ」 |
|
「タマキチ。ほんと困ったご主人さまだよね」 |
|
「にゃあ」 |
|
「ふふっ」 |
二度鳴くと、カナメは微笑みました。
それで分かります。
カナメはご主人さまのことを、嫌ってはいません。
|
|
「さてと、今は何時かな?」 |
カナメは時計を見ます。
|
|
「一時間目始まっちゃったね。
ええと、金曜日だから数学か。
勉強しなきゃ、
ナツミさんのようになっちゃうし、
しっかりとやろう」 |
カナメは
鞄から教科書と問題集とノートを取り出して、
勉強を始めました。
|
|
「この問題は…。
うーん、解いたけど、正しいか自信ない。
一人だと、分かんないときに困るなあ」 |
ご主人さまは大学生。
カナメは中学生。
のはずなのですが、
カナメは中学校とやらに通おうとはしません。
ご主人さまの家にて、
学校の時間割通りに
ひとりでコツコツと勉強をしていました。
|
2話
第3回『カナメの一日』
に、つづくであります
|