第2話
3回『カナメの一日』


「さてと……」

ご主人さまが
大学という遊び場所でエンジョイしている間、
カナメは部屋に残って
僕のご奉仕することとなりました。


「うーん、
ここのところ良く分からないな」

教科書という書物とにらめっこをして
うんうん
と唸っております。


「あ、もう、
時間たっちゃった。
50分早いなあ。
殆どやれなかったけど
まあいいか」
   「ええと、
次は英語の時間だね」
   「ディスイズアペン」
   「なーんてね、ふふ。
録音した
基礎英語をやろっと」

カナメは学校の時間割にあわせて、
真面目に勉強をしております。

 
「にゃあ」
「タマキチ。
ちょっと待っててね。
これ終わらせるから」

カナメが机とにらめっこをしていようとも
僕のほうは退屈きわまりないです。
遊んでくれとの合図として
「にゃあ」
と鳴いてみましたが、
優先すべき僕の世話よりも、
勉強のほうに一心不乱となっておりました。


 
   「よしよし」

でも、
頭を撫でてくれましたから、
ちょっとは満足しました。
机の上の教科書、ノートをバラバラ死体にせず、
日の当たった所で
ゴロゴロすることにしました。

 
「ちゃと勉強しなきゃね。
そうしなきゃ
ナツミさんのようになっちゃうもん」
   「私は、
あんな大人にはなりたくないし」

ご主人さまのようになりたくないのは
人として
誰もが思うことなのでありましょう。
ご主人さま化を阻止すべく
人間なる生物は
勉強という苦行
に精進するのだと理解しました。

 
   「でも、
ナツミさんのように感情のまま
生きているのは羨ましいかな」

いろいろ
思うところがあるようです。


 
「もう12時か……」
   「にゃあ」
   「おまたせタマキチ
お昼ご飯にしよっか?」
   「にゃあ」

「腹ペコペコだ
早くしろ」
とおねだりです。

 
   「タマキチはいい子だね。
私が勉強していても
邪魔しないんだもん」
   「えっと、
ご飯は、と」

カナメは
ひんやり冷えた
冷蔵庫をパカっと開けます。


 
  「にゃん」 

僕はその中に飛び込みます。

 
   「わわっ、
ダメだよタマキチ、
冷蔵庫の中にはいっちゃっ!」

心地よさげな場所でありましたが。
持ち上げられ
床に下ろされてしまいました。


 
   「うわ。
見事になにもない」
   「ナツミさん。
冷蔵庫の中にあるの
好きに食べていいよ
っていってたけど
食べるものなにもないじゃん」
   「あるのは、
牛乳とか、コーラとか、ジュースとか、
飲み物ばっか。
野菜類は全然ないなあ」
   「奥に卵あったけど
絶対に何ヶ月前のだ。
捨てたほうが良さそう」
  「って、なんで、
ブラジャーとパンツ
が冷蔵庫に入っているの!」
   「ひんやり冷えて
気持ちいいからなのかなあ。
あの人の考えることは良く分からん」
   「棚の上に
食べるものは…と」
   「ありました。
レトルトカレーがいっぱい」
   「でも、ご飯はありません」
   「カップ麺もありました。
賞味期限、切れてます。
さすがに半年以上
過ぎてるのは食べたくない」
   「ナツミさん
健康に悪いのばっか
食べてるんだね。
あの人の分のご飯、
作ってあげたほうがいいみたい」
   「私の食べるのないし、
なにか買いに行こう」
   「にゃあ」
   「そのまえに、
タマキチのご飯だね」
   「……ええと」

カナメは
僕の食べ物である
キャットフードの箱を取り出します。


 
「すっからかん……」
   「ストックもないじゃない」
   「タマキチ、ごめん。
ご飯、あげられない」
   「にゃん」
   「しょうがない。
買いにいこっか?」

僕はカナメと
食料を買いに出かけることとなりました。

「あったあった」
   「ここに、
ペットショップがあるのは知ってるんだ」
   「入ったことはないんだけどね。
売られている犬とか猫とか
見ていると可愛そうになってくるから」

カナメが向かったのは
駅前にあるペットショップでした。


 
「ええと、
ナツミさんが買ってた
キャットフードってどれだっけ?」
   「種類多いなあ。
どれがどれやら
分からないよ」
   「あの、すみませーん」
「はい、
なんでしょう?」
「この子に
合ったキャットフードを
探しているんですけど
どれがいいでしょう?」
   「この子…?」
   「はい」
   「………」



ペットショップのお姉さんは
いぶかしげな目をしています。


「あの……なにか?」
「大変失礼なことを
お聞きしますが……」
   「そのアビシニアンは
捨てられていたのを
拾われましたか?」
「ペットショップから
買ったと聞きましたけど…」
「あなたが……
じゃないですよね?」
「私じゃないです。
ええと、
ナツミツバメさんという方が
買われました」

それを聞いて
ペットショップのお姉さんは
ホッとされておりました。

 
「ああ、よかった。
てっきりナツミさんが
捨ててしまったのかと……」
「ナツミさん
ここで
タマキチを買ったんですね」
   「タマキチと名付けたんですね」
   「はい。
名付けたのナツミさんです。
面白い名前だから、
私は気に入りました」
   「タマキチ」
   「にゃあ」
   「あなたも
気に入っているようね」

ペットショップのお姉さんは
僕をナデナデします。


「ごめんなさい。
あの人のことだから、
てっきり捨てたんじゃないかと
心配になったんです」
「いえ、良く分かります。
ナツミさん、
信用できないですから」
「あなたは、
ナツミさんの妹なのかな?」
「あ、違います。
わたし。
ナツミさんが住んでいる
アパートの大家の孫なんです」
「大家?」
「ええ。うちペット禁止なんです」
「ペットオッケーの
アパートに住んでるって
言ってたの嘘だったんですね」
「だからって、
捨てるわけにはいきません。
返してこいとも言えません」
「しょうがないですから、
私とナツミさん
ふたりで飼うということにしました」
「そうなんだ。
この子にとっては、
良かったのかもしれないわね」
   「だといいです。
最初は
反対の立場だったんですけど、
タマキチと一緒にいると
嫌なこととか忘れられて、
癒されます」
   「ペットは
そういう効果がありますからね」
   「だから、
飼ってよかったって思ってます。
素晴らしい猫を
ありがとうございます」
   「いえいえ、
お買いあげいただき
ありがとうございます」
   「本当は
飼っちゃいけないんですけどね」
   「ふふっ」
「あ、それで。
キャットフードが
無くなっていたんです。
この子のオススメはなんですか?」
「ああ、それなら……」

ペットショップのお姉さんは
カナメに
僕の食べ物や世話の仕方など
詳しく教えていました。


 
   「はい、商品です。
重いけど、
大丈夫かしら?」
「大丈夫です。
色々と教えてくれて
ありがとうございます」
「カナメちゃん、
しっかりしているわね。
小学生?」
「中学生です。
一年ですね」
「今日は
学校休みなのかしら?」
「あ、えーと、
はい、そんなところです」

カナメは学校のことを聞かれて
気まずそうにしていました。




買い物を終えると
カナメは河川敷の原っぱで
休憩をします。

太陽がポカポカと
気持ちのいい光を浴びてくるので
僕は眠くなってきました。

 
「学校のこと聞かれちゃったな」
   「そりゃあ、聞かれるよね。
今日は平日だし、
普通ならば行っている時間だもん」
   「ペットショップの人。
悪い人じゃなかった、
というかすごくいい人だったけど」
   「でも、やっぱ、
話すと疲れるなあ」
   「はぁ、
だからあまり
外に出たくなかったんだよなあ」

ブツブツと物思いにふけております。

僕としたら退屈きわまりないですので
そこらを散歩することにしました。

 
   「タマキチ。
遠くにいっちゃダメだからね」
   「にゃあ」

分かっております。
近場をうろっとするだけです。
カナメが僕を捜すような面倒はかけさせないと
「にゃあ」と伝えました。

少々歩くと
草原がガサっと揺れました。
黒く、大きな物体が姿を現し
こちらを振り向きました。


 
「おや、
てめぇは
いつぞに会った礼儀正しい
名の無きネコじゃねぇか」
「これはこれは、
黒様ではござりませんか。
今日も大層凛々しく
猫界の天下として相応しい
勇ましい顔つきでありますな」
「てめぇ、
口は上手いが
心の底では
俺をバカにしてるだろ?」
「なにをおっしゃいます。
僕は本心しかもうしません。
黒様のことは素直に素晴らしい
猫だと感服しております。
そのことを正直に申している
までのことでありますよ」
「てめぇのしゃべりは、
どーも、歯がゆいんだよな」
「黒様は
本日も勇ましく
ネズミを狩っておられる
所でしょうか?」
「いや、今日は人間が捨てた
コンビニの弁当ってモンを
食ってきたんだ。狩りはしねぇよ」
「僕は、コンビニの弁当という
ものを食べたことがありません。
どんなものか興味あります」
「んなの、いくらでも食えるだろ。
てめぇのご主人さまが食ってるぜ。
横取りするだけでできることだ」
「ご主人さまが、ですか?」
「そーよ。
コンビニの弁当は
てめぇの御主人のような
一人モンが好むエサだ」
「ならば、
いつか横取りをしてみましょう」
「してみろ、してみろ。
愉快なことになるぜ」

黒様は
僕の後ろにいるカナメのほうを見ました。


 
   「おめぇ、あのお嬢ちゃんにも
飼われているのか?」
「カナメですか?
僕の世話役になってくれております。
御主人さまよりも頼りになって
ありがたいことでありますよ」
「あの子がねぇ」
「黒様は
カナメのことをご存じなのですか?」
「俺は物知りだからな。
ここの辺りに住む人間で
知らない奴はいねぇよ」
「カナメはどんな子
なのでしょうか?」
「不憫な子だ」
「不憫ですか?
僕の知るところ
至って元気に
ご主人さまのボケに
勢いよく
突っ込まれておりますが」
「空元気なんじゃねぇの。
あの嬢ちゃんの両親、
離婚しちゃってな」
「離婚とは、
オスとメスが
離れたといういうことでありますな」
「親父かお袋か
どっちかに引き取られるはず
だったんだが、
どっちにも、
嫌がられたんだ」
「嫌がられた?」
「親に見放されたんだよ」
「ネコにとっては、
ごくごく当たり前なことでありますな」
「人間にとっては
そうじゃねぇってことだ」
   「んで、
ジジイの所に
引き取られたのはいいが
そいつも、
面倒をみるような奴じゃなくてよ。
方々を
行ったり来たりしているんだ」
   「だから、
あの年で
一人ぼっちの生活を送ってるのよ」
「カナメは一人ではないですよ。
ご主人さまに、
僕がおられます」
「そうか。
なら良かった」
「カナメの心配を
されておられるなんて、
黒さまはなんとお優しいネコさまで
ありますか。
まさにネコ界の
いやいや、
動物界のキリストであります」
「やめてくれ。
俺はただ、
あの子を不憫と思っただけだ」
「不憫ならば
不憫でないことを
すればいいのです」
「まぁ、
てめぇの御主人といれば
色々感情が振り回されて
いいことかもしれないな」
「ネコは癒しといいます」
「ならば癒してやれ。
俺よ、あの子の精神が
イカレちまうんじゃねぇかって
不安になったことがあったのよ」
「そうならないようにするには、
僕はどうすればいいのでしょう?」
「ネコは癒しだろ。
一緒にいてやんな」

言いたいことは言ったとばかりに、
黒さまは別れの挨拶もなしに
サッと
行こうとされました。

   「黒さま」
   「呼ぶな。
こっちの用は済んだ」
   「僕に名前ができました。
タマキチといいます」
   「ヘンな名だ」
 
そう、感想を言って、
去られてしまいました。

僕はその姿を
ジッと見送りました。

黒さまは、
僕とカナメが一緒にいるのを見て、
カナメのことを
色々と教えてあげたくなって
顔を出してたのでしょう。
その優しさに
心が打たれます

黒様は
誠に、猫界の中の猫。
猫の中の理想の
素晴らしき猫さまであります。


   「にゃあ」

僕は
カナメにかくれんぼをさせることはせず、
真っ直ぐに戻りました。


 
「タマキチ、もういいの?」
「にゃあ」
「黒くて大きな猫といたけど
タマキチのお友達?」
   「にゃあ」
   「どんな話をしていたのかな。
ふふっ、ちょっと気になる」

まさか自分の話をしていたとは、
露にも思ってもいないでしょう。

猫と人は
会話のコミュニケーションができないのは
仕方のないこととはいえ
残念なことであります。




 
   「ただいま」
   「さてと、
ご飯作らなきゃ。
その前に
タマキチに、
キャットフードあげなきゃね」
   「にゃあ」
 
カナメは焼きそば
僕はキャットフードの
遅い昼食を取りました。

「ええと、六時間目は国語か。
教科書も読み飽きたし、
問題も解く気にはならないし
読書でいいかな?」


カナメはすぐに勉強を始めました。

 
「………」

真剣に活字の本を読んでいます。

 
「明治の本だけに
漢字難しいなあ」

読んでいるのは
明治時代の先輩猫さまが語られた
『吾輩は猫である』
でありました。


 
「……………」

ドンドン!

ドンドンドン!

ドンドンドンドン!

廊下を走る音が近づいてきます。


ドッカアァァァァァァーーーーンっ!

と盛大な音をあげて
部屋のドアが開かれました。

 
なっなっな、なにっ!
「もぅ〜うまいが潰れたーっ!」

ぼくのご主人さまで
ありました。



2話
4回『もぅ〜うまい』が潰れたーっ!
に、つづくであります


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