第1話
4回『ネコちゃんはいただいた!』


「このネコください」

見覚えありました。
ここ数週間ほど、小さな子供を連れて何回かやってきていた人です。
息子の誕生日にプレゼントとして、
僕を買うことを決意したとのことでした。


「そんな…」

早い者勝ちの世界です。

ご主人さまにとって、
先客が現れるなんて
予想すらしていなかったのでしょう。

ぼくが買われることを知るや、
ショックのあまり、
涙目となっていました。

………。

ペットショップのお姉さんの目線は、
言葉もなく突っ立っているご主人さまに向きました。

彼女は知ってます。
ご主人さまがどれだけぼくのことを愛し、
欲しがっているのか。


「申し訳ありません。
この猫はすでに買い手が付いているんです」
「え?」
「そうなのか。
それじゃあ、仕方ないな。
では、こっちのネコを…」

別段気にした様子はなく、
ロシアンブルーを選びました。

ぼくに愛着があったわけではなく、
猫であれば、なんでも良かったようです。

「ありがとうございました。
この子は、ペットであると同時に、
新しい家族です。
大切にしてくださいね」
「うむ」
「………」

ご主人さまといえば、
バイトも忘れて、その光景をずっと眺めていました。


「おいで」
「にゃあ」

ペットショップのお姉さんは、
ケースからぼくを取り出します。

そして、
人形のようにきょとんとする
ご主人さまの前にやってきました。

「7万5000円」
「え?」
「払えますか?
本当は8万4500円なんですが、
サービスします。
あなたにとって、この子は特別なんですよね?
ペットは飼うというより、共に暮らす家族です。
そういう方の家族の一員になるのが、
ペットにとって幸せなことですから」
「まけて下さい、6万円!」
「7万円。
うちも商売ですので、これ以上は無理です。
またこの子を飼いたい人が現れたら、
その方に譲ります」
「待って下さい、1時間!
その間に、借金してくるぜ!」
「えっと、それ、
怪しいところから…じゃないですよね?」
「平気だぜベイビーっ!
私がお金借りるのは、お姉さまだけなのだ!」
「…お、お姉さま?」
「んっじゃあオラ、
ひとっ飛びで東京いってくる!」
「…東京って、
ここから1時間以上かかるんじゃ?」

ご主人さまは、
駆け足でペットショップを出て行こうとし、
中に入ろうとした女性とぶつかりそうになり、
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
と大声で喚きながら、
行ってしまいました。

「いっちゃった。
苦労しそうなご主人さまだけど、
君にとっては良かったかな?」
「にゃあ」

ぼくは、
「まあ大丈夫ですよ、なんとかなるんじゃないですか」
と鳴きました。

ご主人さまであっても、
太鼓腹のオスであっても、
この収容所から釈放してくれるのなら
誰でも良かったです。

「用意してきました。7万円!
もってけ泥棒!」

ぜぇはぁ息を切らしながら、
お金を握りしめたご主人さまが登場したのは、
約束の1時間をとっくに過ぎた3時間半後でした。


「猫ちゃんはいただいた!
よこせ、このやろーっ!」
「まだです。
手続きをしていただかないと。
用意してありますので、
こちらへどうぞ」
「ええっ、すぐにくれるんじゃないのっ!」

テーブルに腰掛けると、
誓約書にサインをしたり、
保険の加入するかどうか、
飼育についての説明、
しつけの仕方など
色々と話し合いをするのですが…。

「あの? 聞いていますか?」
「うんうん」

ご主人さまは、
世界中の幸せを集めたかのように夢心地となって、
頷いているばかりでした。


「これで手続き完了です。
この猫の幸せはあなた次第ですから、
一生大切にしてください」
「やったぁーーーーっ!」

ぼくを両手で高々と持ち上げます。



「ばんざーいっ!
ばんざーいっ!
にゃんちゃーん!」


両手でぼくを高々と持ち上げて、
「ばんざいばんざい!」
と歓声を上げながら、
バレリーナのようにくるくると回ります。

地面がぐるぐる回ります。
ペット用商品が配列された棚や、
呆れ気味のペットショップのお姉さん、
捕らわれの動物たち、
何事かと振り向く通行人たちも
ぐるぐると回っていきます。

大笑顔なご主人さまだけが
真っ直ぐぼくを見上げています。

一心同体なる一人と一匹。

世界がぐるぐる回るなか、
ぼくとご主人さまだけが止まっています。

そのうちぼくの目も、ぐるぐると回り、
ご主人さまも…

「気持ち悪い〜」

と椅子にうつぶせてしまいました。


第5回『ご主人さまのいえ』
に、つづくであります



前回のはなし

もどる



inserted by FC2 system