第1話
2回『生まれたときのことは…』
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生まれた時のことはてんで覚えていません。
自然の摂理に従い、
「にゃあ」
と猫として誕生してきたのは確かなのですが、
お母さんがぼくを舐めてくれたり、
たくさんの兄弟とじゃれ合ったりした、
記憶はありません。
あることといえば、
大きな人間たちに抱かれたり、
小さな箱に閉じこめられ、
ゴトゴトと運ばれて、
このような箱に
閉じこめられたことぐらいです。
物心ついたときから
ずっと、
ここがぼくの住まいでした。
駅前にある、
ペットショップという場所であることは、
後々になって知りました。
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「ネコちゃん」 |
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「アビシニアンっていうんだ」 |
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「かわいい〜」 |
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「こんなところに閉じこめられて、
かわいそう…」 |
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「飼ってみたいけど、
高いねぇ…」 |
明るくなってから、
暗くなるまで、
一日中ひっきりなしに、
ガラスの向こうから人間の顔が覗いては、
ぼくのことをジロジロと見てきます。
ぼくもぱっちりとした大きな目で、
人間という不思議な生物を観察します。
見れば見るほど変な形をしています。
『一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるして
まるで薬缶だ、
人間とはまことに妙な生き物だ』
先輩猫さんが洩らした評と同じ感想を
ぼくも抱きました。
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「ったく、
人間ってやつは嫌になるわ」 |
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「早く自由になりてぇー」 |
たまに、
ペットショップのお姉さんが、
箱の中にいるぼくを
外に出してくれます。
人間に抱かれることもありますが、
他のネコたちと会わせてくれることもあります。
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「あなたさまは、
このペットショップに
住んでいる動物の中で
最年長のネコさまであると
耳にしたのですが、
そうなのですか?」 |
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「ああ、
まったく、
自慢になんねぇけどよ」 |
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「またまたご謙遜を。
こんな所に、
長年いることができるとは、
余程の知恵と努力と才能、
があってのこと。
その生き延びる秘訣を、
聞かせてほしいものです」 |
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「バーカ、
本当に自慢になんねぇんだ。
俺は、
んな場所に長々いんのは、
人間に気に入られてねぇってだけだ。
だから、
この場にいざる得ないんだ」 |
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「それは、
どういうことでしょうか?」 |
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「おめぇも、
他の、ネコやイヌどもが、
人間に連れてかれて、
どっかいっちまうのは見てんだろ?」 |
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「はい。
人間に連れてかれると、
新しいネコが
空いた箱に入ってきます。
前にいたネコは、
人間に食われると思っていましたが、
違うのですか?」 |
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「いや、、
さすがに食うことはねぇだろ」 |
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「そうなのですか。
ぼくはてっきり、
食われるかと思っておりました」 |
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「あー、
だからおめぇ、
生き延びる秘訣とかなんだか、
言ってたんだな」 |
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「では人間に気に入られたら、
なにをされるのでしょうか?」 |
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「飼われるんだよ」 |
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「飼う…
でありますか?」 |
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「そうだ。
俺たちはな
人間さまに気に入られれば、
外の世界に行けるんだ」 |
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「では、
人間に気に入られて、
飼われるのは、
歓迎するべきことであると?」 |
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「そうなるな。
でもまあ、
ネコにも色々。
人間にも色々だ。
飼い主が、
どーしようもない奴ならば、
ネコをサッカーボールにしたり、
マジで食われちまうのかもな」 |
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「良い飼い主にあたるのも、
悪い飼い主にあたるのも、
運次第ってとこですね。
おたがい、
いい人間に飼われるといいですな」 |
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「まったくだ。
俺なんぞ、
売りモンになんねぇからよ。
そのうち、
役立たずのクソネコと、
ペットショップの連中に、
殺されるんじゃないかと、
ヒヤヒヤしてるわ」 |
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「それはないでありますよ。
最年長ネコさまは、
ご立派なネコではないですか。
待たせるぶん、
それだけの
ご立派な飼い主が、
必ず現れますよ」 |
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「だといいけどな」 |
箱の中から抜け出す手段は、
物色してくる人間に気に入られること以外にはないようです。
媚びを売るのも、
注目されるのも嫌いでありますが、
自分のためだ、
しょうがないと、
「ニャーニャー」
鳴いてアピールしてみますが、
次々と寄ってくる人間たちは、
見る興味はあっても、
連れ出す興味はないようで、
満足すれば、
さっさと去っていきます。
ぼくはそのうち、
鳴くのも疲れて、
ゴロゴロとしたり、うとうとしたりと、どうでもよくなってきました。
行動は早いけれど、
飽きるのも早いのは猫の特徴であります。
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第3回『ご主人さまとの出会い…』
に、つづくであります
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